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東京高等裁判所 昭和55年(行コ)28号 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告) 国

控訴人(被告) 仙台通商産業局長

被控訴人・附帯控訴人(原告) 日本磨料工業株式会社

主文

控訴人らの本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基づき、原判決主文二項ないし四項を次のとおり変更する。

二 控訴人国(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金一三、二一二、〇〇〇円及びうち金一二、〇一二、〇〇〇円に対する昭和四〇年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三 被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

四 控訴費用は控訴人らの、附帯控訴人の控訴人(附帯被控訴人)国に対する請求部分の訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人(附帯被控訴人)国の、各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本件控訴について

1  控訴人ら代理人

原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

2  被控訴人代理人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  附帯控訴人(被控訴人)代理人

原判決主文二項を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)国は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金一七、〇一二、〇〇〇円及びうち金一二、〇一二、〇〇〇円に対する昭和四〇年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

附帯控訴費用は、附帯被控訴人(控訴人)国の負担とする。

2  附帯被控訴人(控訴人)国代理人

本件附帯控訴を棄却する。

附帯控訴費用は、附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり訂正及び付加する他は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一1  原判決一九枚目裏四行目に「五 原告の損害(主位的主張)」とあるのを「五 原告の損害(一次的主張)」と改め、同二二枚目裏八行目の「よつて」とある部分から一一行目の「支払を求める。」とある部分までを削除する。

2  原判決二三枚目表一行目に「六 原告の損害(予備的主張)」とあるのを「六 原告の損害(二次的主張)」と改め、同二六枚目裏七行目に「よつて」とある部分から九行目の「支払を求める。」とある部分までを削除する。

3  右2のとおり削除した原判決二六枚目の部分につづいて、次の記載を追加する。

七 被控訴人の損害(三次的主張)

被控訴人が昭和三七年八月一日から昭和五七年七月三一日までの間に販売した合成樹脂用研磨材を製造するため使用した「全原材料」並びにそのうちの「鬼首白土」、「その他の白土」及び「白土以外の材料」の、別表三の1欄の一項ないし一八項記載の期間ごとの量及びその費用は、同表の3欄ないし10欄の当該項に記載したとおりである。ところで、被控訴人において昭和四一年二月一日以降鬼首白土を原材料に使用した場合も、それ以外の白土を使用した場合の製造販売量と少なくとも同量の合成樹脂用研磨材を製造販売できたことは確実であり、その場合の原材料消費量は、総量としては同表4欄記載の数量と一致し、同表の14欄に移記したとおりとなるが、それを構成する「鬼首白土」と「その他の材料」の割合は、昭和三七年八月一日から昭和四一年一月三一日までの実績として同表の一項に記載した数量のとおり、一五〇、五五二対一六五、〇〇一となるものと推定できる。そこで、この割合によつて同表の14欄の原材料総消費量を「鬼首白土」と「その他の材料」に分けると、同表の15欄及び16欄のとおりとなる。次に、これらの原材料を求めるための費用は、同表の11欄に記載した各期間ごとの一キログラム当たり実績単価によつて計算することができ、同表の20欄記載のとおりとなる。「鬼首白土」の昭和三七年八月一日から昭和四一年一月三一日までの一キログラム当たり実績単価は、同表の5欄及び6欄記載の数値から、二一・四二円となるが、この鬼首白土の単価は、昭和四一年二月一日以降は、同表の11欄に記載の「その他の材料」の実績単価と同じ比率で上昇したものと推定できる(「その他の材料」の昭和三七年八月一日から昭和四一年一月三一日までの単価を一〇〇とした場合のその後の単価指数は、同表の12欄記載のとおりである。)。この比率によつて昭和四一年二月一日以降の鬼首白土一キログラム当たり単価を推計すると、同表の19欄記載のとおりとなり、この単価によつて鬼首白土の費用を計算すると、同表の18欄記載のとおりとなる。したがつて、鬼首白土を使用できたとすれば、原材料費は、同表の18欄と20欄の金額を合算し、17欄に記載した金額ですんだはずである。

被控訴人が昭和四一年二月一日以降実際に支出した原材料費は、別表三の3欄の二項ないし一八項のとおりであるから、この金額から同表の17欄の該当項記載の金額を差し引いた金額として同表の21欄に記載した金額が、同表の二項ないし一八項の各期間に生じた損害額になる。

ところで、被控訴人は、控訴人局長の不法行為により昭和四〇年一月一日から鬼首白土の採掘を妨げられたのであるから、同日をもつて控訴人国に対する損害賠償請求権が発生したものであり、そこで、同表21欄に記載した金額の同日現在の価額を年五分のホフマン法により計算すると、同表の22欄記載のとおりとなり、この合計一二、〇一二、〇〇〇円が控訴人局長の不法行為により被控訴人に発生した昭和五七年七月までの期間に対応する損害額である。

八 被控訴人の損害(弁護士費用)

被控訴人は、その訴訟代理人である弁護士らに対して、被控訴人が本件訴訟で勝訴した場合には、その報酬として金五、〇〇〇、〇〇〇円を支払うことを約している。

九 損害賠償の請求額

被控訴人は、控訴人国に対し、第一次的には前記五記載の一次的主張にかかる総損害額の内金として、第二次的には前記六記載の二次的主張にかかる総損害額の内金として、第三次的には前記七記載の三次的主張にかかる損害金として、いずれも金一二、〇一二、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求めるとともに、前記八記載の弁護士費用相当額として金五、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

4  原判決四二枚目裏七行目の次に、控訴人らの請求原因に対する答弁として、次の答弁を追加する。

七 請求原因七及び八について

請求原因七及び八の事実は争う。

5  原判決の別表三の記載を本判決添付の別表三の記載のように改める。

二 控訴人らの当審における主張として、次の主張を付加する。

1  本件処分の適法性について

(一) 鬼首白土が鉱業法三条一項のけい石に当たるか否かの判断は、単に科学的、鉱物学的な見地からだけではなく、鉱物資源の合理的な開発によつて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする鉱業法の趣旨にそつた観点、すなわち、それら鉱物を鉱業法の適用下におきその保護と監督の下に採掘することが国民経済上及び鉱物資源の合理的開発上必要と考えられるか否かという観点に立つてなされるべきである。

こうした観点からすると、鬼首白土は、そこに含有されているけい酸分を乾燥して得られるけい酸粒子の物理的、化学的特質に着目して、工業用原材料として用いられる鉱物であり、しかもその採掘には本格的な鉱業技術が要求され、成分的類似性は品位の点からみてもけい石と差異がなく、これを鉱業法の適用下におき、その監督と保護に服せしめる必要が十分に認められるのである。したがつて、鬼首白土は鉱業法上のけい石に当たるものというべきである。

(二) 通商産業省鉱山局長の二〇二号通達は、鉱業法上のけい石として取り扱われるための要件の一つとして、火成作用によるけい石については「白けい石」又は「炉材けい石」の一般的名称を有するものであることを要求しているが、この一般的名称は、主として用途の面から付されたものであるから、鬼首白土がけい石に当たるか否かを判断するに当たつては、単に鬼首白土が「白けい石」又は「炉材けい石」という名称で呼ばれたことがあるか否かという点からのみならず、鬼首白土がその用途の面からみて「白けい石」等に含まれる余地があるか否か、あるいは実際上工業関係の分野においてけい石とみなされて使用されているか否かの観点からも検討されなければならない。すなわち、仮に「白けい石」等の名称で呼ばれたことがないとしても、右のような観点からして「白けい石」等と呼ばれる可能性があると認められる場合には、右の要件を充たしているものと考えるべきである。ところで、白けい石の主たる用途はガラスの原料であるが、その他にも陶磁器の原料等の広い用途を有しており、研磨料の原料としても用いられている。そして、鬼首白土も研磨材の原材料として使用されてきたものであり、しかも白色であるから、前記のような観点からすると白けい石と呼ばれる可能性があると認められるものであり、その意味で前記の通達にいう一般的名称の要件を充たしているものというべきである。現に、現在鉱業法上のけい石として取り扱われている鉱石の中にも、「若狭けい石」、「三河けい石」、「鳥屋根石」、「別府白土」あるいは「丹波のあかしろ」といつた名称で呼ばれているものが多数存在しているのである。

(三) 鬼首白土が仮りに耐火粘土に当たらないとしても、本件鉱区内に耐火粘土が賦存していることは明らかであるから、控訴人局長は、鉱区全体について検討を行い、けい石に該当する鬼首白土の賦存とそれ以外の耐火粘土の賦存を認め、その結果本件鉱業権に耐火粘土の鉱種を追加したものであつて、その処分には何らの違法もない。

2  本件処分の瑕疵の明白性について

一般に行政処分が無効であるとされるためには、当該処分に重大かつ明白な瑕疵が存在していることが必要であり、この瑕疵が明白であるといえるためには、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定の誤りであることが、処分成立の当初から、権限ある国家機関の判断をまつまでもなく、何人の判断によつてもほぼ同一の結論に達し得る程度に明らかであることが必要である。

ところで、本件で控訴人局長のした鬼首白土がけい石及び耐火粘土に当たるとの認定が仮りに誤りであつたとしても、その結論には、我が国有数の鉱物学者らによる極めて高度な科学論争を経て初めて到達し得るものであるから、仮りに本件処分に重大な瑕疵があるとしても、その瑕疵は到底明白なものとはいい得ない。

また、本件登録処分は、鉱業登録の一種であり、不動産物権に関する登記にも類するものであつて、その処分の存在と有効性を信頼する第三者の保護という配慮を欠くことのできないものであるから、本件処分の瑕疵が重大なものであつても明白なものでない限りは、その処分が無効とされることはないものというべきである。

三 控訴人国の当審における主張として、次の主張を付加する。

鉱業法六七条の規定に基づき通商産業局長の行う鉱種名変更の確認は、あくまで鉱業法上の鉱物の存在の確認にすぎず、何ら新たな権利関係を設定するものでなく、鉱業登録令四三条に基づく登録は鉱業原簿の表示を本来鉱業権者の有する権利内容に合致せしめるために行う表示の変更手続にすぎないことから、その処分の前提としての審査は原則として書面のみによつて行われており、現地調査等は行われていない。そして、一般的には、当該鉱区内において追加すべき鉱物が理論的に既登録鉱物と同種鉱床にあり得ることが認められ、かつ、現にその存在の一部が確認される等、客観的諸資料から実地調査によつて得られる成果と同程度のものが得られる場合には、これを確認し、登録しているのである。

控訴人局長が本件処分を行うに際しても、訴外野地方三ほか一名から受理した鉱種名変更届には、右訴外人から提出された試料である白土を分析した結果けい酸分が九七・二パーセント含まれていたとの神奈川県工業試験所長作成の試験成績書等の書面が資料として添付されており、これらの資料の信用性等に疑問を抱かせるような事情は何らなかつたのであり、しかも本件鬼首白土の特殊性が判明したのは、早くても片山信夫博士の見解が明らかにされた昭和四六年であつて、右処分当時においては右特殊性など知る由もなかつたのであるから、通常の場合と同様に右資料のみに基づいて本件処分を行つたとしても、鉱種名変更の確認及び登録の職務行為に当たる公務員として通常要求される注意義務のけ怠はなく、何ら過失はなかつたものというべきである。したがつて控訴人局長に過失がない以上控訴人国に対する損害賠償請求は棄却されるべきである。

四 控訴人らの当審における主張に対する被控訴人の認否を次のとおり付加する。

控訴人らの主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件訴訟に至るまでの経緯、鬼首白土が鉱業法三条一項のけい石に当たるか否かを判断する基準、鬼首白土の生成過程、その採取直後のけい酸分含有率及びこれを大気中で風乾した場合のけい酸分含有率に関する当裁判所の判断は、原判決がその理由一項、二項及び三項の1ないし3に説示するところと同一であるから、これを引用する。

二  そこで、鬼首白土が鉱業法三条一項のけい石に当たるか否かを判断する基準となるそのけい酸分含有率の測定を、地中から採取したままの状態の試料で行うべきか、それとも採取した試料を大気中で風乾したもので行うべきかについて考える。

1  鑑定人片山信夫の鑑定の結果、原審及び当審における証人片山信夫の証言並びに原審における同証人の証言により原本の存在と成立が認められる甲第一号証の二には、次のような考え方が示されている。

すなわち、鬼首白土の組織内では、けい酸(SiO2)がいくつか結合してコロイド粒子を作り、このコロイド粒子がゆるく連結し合つて三次元の網状組織を作つている。複数のけい酸が結合するということは、各けい素原子が酸素原子を共有し合うことをいい、各けい素原子は四つの酸素原子によつて四面体的に配位されることとなる(つまり、SiO4四面体となる。)。この結合が規則正しく行われ、すべての酸素原子がけい素原子によつて共有されると、石英に代表される結晶体のけい酸鉱物となる。しかし、けい酸のコロイド粒子の場合は、右の結合が不規則で切れ目があり、全体としてゆるやかなものとなつている。地中に埋蔵された状態の鬼首白土は、三〇%を超える水分を含んでいるが、この水分はコロイド粒子の三次元の網状組織に封じ込められた状態になつている。これを逆にいえば、水は分散相たるコロイド粒子の網状組織を支える分散媒をなしており、鬼首白土が今日までコロイド粒子を保持し、外力により容易に網状組織を破壊して各別の粒子に分離するという性質を有するのは、分散媒たる水分が存在したためである。このように鬼首白土にあつては、けい酸のコロイド粒子と水とは一体となつて非晶質のけい酸ゲルすなわちシリカゲルを形成しているのであつて、鬼首白土の場合、これをすりつぶすと濃厚な液状のゾルとなり、それを静かに放置すると固化して再びゲルの状態にもどるというチキソトロビー現象を呈するのも、それがゲルであることを示すものである。

被控訴人は、右の考え方に立つて、このようなゲルの状態において鬼首白土に含まれる水分は、分散媒として、分散相たるけい酸コロイド粒子とともに、鬼首白土の一成分をなしているものであるから、鬼首白土のけい酸分の品位を測定する場合も、成分の一たる水分を除去して測定するのは相当でなく、そうすると、地中から採取したままの水分を含んだ状態での鬼首白土のけい酸分含有率は、先に引用した原判決認定のとおり、最高でも六六・二六%にしか達せず、通商産業省鉱山局長の二〇二号通達の要求するけい酸分の基準品位である九〇%に達しないから、鉱業法上のけい石には該当しないと主張するのである。

2  これに対し、原審における証人山岡一雄の証言並びにいずれも成立に争いのない乙第一二号証及び乙第二四号証には、次のような考え方が示されている。

すなわち、採取直後の鬼首白土は磨砕によりペースト状になり、このペーストを放置すると水を吸い込み一見乾燥したようになるが、再度の磨砕によりまたペースト状になり、これをくり返していると、ペースト状態のものの粘度が増し、遂には乾燥粉体となる。他方、大気中で風乾した鬼首白土も、これを一〇日間水に浸した後に磨砕すると、採取直後の鬼首白土の場合と同様にペースト状になり、これを放置すると乾燥したようになり、再度の磨砕によりまたペースト状になること、これをくり返すと遂には乾燥粉体となることも、採取直後の鬼首白土の場合と何ら変るところがない。また、風乾した鬼首白土を磨砕して得た乾微粉体の場合でも、適当量の水を添加して磨砕するとペースト状となり、これまた採取直後の鬼首白土の場合と同様の性状を示すものである。これらの事実からすると、鬼首白土は風乾によつてその水分を除去してもその性質が変るものではなく、したがつて、鬼首白土は、けい酸の結合体であるコロイド粒子が連結し合い三次元の網状のキセロゲル的構造を形成するに至つているものであり、そこに含まれている水はもはや網状組織を支える分散媒ではなくなつている。

控訴人らは、右の考え方に立つて、鬼首白土に含まれている水は、出入りの自由な水であり、この水を除去しても鬼首白土の性質に変更をもたらすものではなく、鬼首白土の一成分を成しているものではないから、この水分を除去したうえで鬼首白土のけい酸分の品位を測定すべきであり、そうすると、鬼首白土を大気中で風乾した後のけい酸分含有率は、先に引用した原判決認定のとおり九〇%以上であるから、前記二〇二号通達の要求する基準品位を超えている。したがつて鬼首白土は鉱業法上のけい石に該当すると主張するのである。

3  ところで、通商産業省鉱山局長の二〇二号通達は、鉱業法上のけい石として取り扱われるために必要なけい酸分の基準品位として、自然状態すなわち粗鉱品位を対象として九〇%の要件を充たすものであることを要求するのみで、その基準品位のより詳細な測定方法については何ら定めるところがなく、現に控訴人局長も、昭和三二年一〇月九日付けの被控訴人に対する報告書(成立に争いのない甲第七号証の二)では水分を含んだままの状態を鬼首白土の前記二〇二号通達にいう自然状態であるとしてそのけい酸含有率を測定しておきながら、昭和三八年一二月九日付けの被控訴人に対する回答書(成立に争いのない甲第一五号証)では水分を除去した後の鬼首白土についてけい酸分の分析を行うべきであるとの前回とは反対の考え方を示しており、これらのことからすると、鬼首白土のように採取直後の状態で他の鉱物とは異る特殊な態様で水分を含有している鉱物に右通達の基準を当てはめるに際して、そのけい酸分の含有率の測定を地中から採取したままの試料で行うべきかそれともそれを大気中で風乾した試料で行うべきかについては、これをいずれとも一義的に決し難いものがあり、他にこれを一義的に定めたことを認めるに足る証拠もない。

被控訴人は、鬼首白土の場合はそこに含まれている水分は、分散媒として、分散相たるけい酸コロイド粒子とともにシリカゲルを構成し、その一成分をなしているのであるから、この水分を含んだ状態こそ右二〇二号通達にいう自然状態に他ならないと主張するが、仮りに鬼首白土の化学的な性質がその主張どおり水を分散媒とするシリカゲルに該当するものであつたとしても、前記認定のとおりその含有水分は大気中での風乾によつて比較的容易に除去され得るものであり、しかも原審における証人片山信夫の証言や当審における証人多田格三の証言からもうかがわれるように、けい石が工業用の原材料に用いられるのは専らその含有するけい酸分に着目してのことであり、これを工業用の用途に供する時点においてはそこに含まれている水分が何らかの経済的な価値を持つものとは考えられないこと、更に原審における証人新田憲吉の証言から明らかなように現に、被控訴人会社においても、採掘した鬼首白土はこれを乾燥し、そこから得られるけい酸粒子を研磨材の原料として用いていることなどからすると、鉱物資源の合理的な開発を目的とする鉱業法を鬼首白土にも適用すべきか否かを決定する要素としてのけい酸分の基準品位の測定方法としては、その含有水分を除去した風乾後の試料によつて行うこととすることにも十分合理性があるものと考えられ、被控訴人主張のような鬼首白土の化学的な性質から直ちにそのけい酸分の基準品位の測定方法が地中から採取したままの状態の試料によつて行うという方法のみに限定されるとまですることは困難なものといわなければならない。

そうすると、前記二〇二号通達に定められたけい酸分の基準品位の測定方法として、鬼首白土の場合にこれを大気中で風乾し水分を除去した後の試料によつて行うという方法が許されないものとされているとまでいうことはできないから、控訴人局長が右のような測定方法によるけい酸分の基準品位が九〇%以上であるとして鬼首白土が鉱業法三条一項のけい石として取り扱われるための要件の一つを充たしているとした判断は、未だ違法なものとまではいうことができない。

三  次に、通商産業省鉱山局長の二〇二号通達が、鉱業法三条一項のけい石として取り扱われるための要件の一つとして、当該鉱物が火成作用によるけい石である場合には、「白けい石」又は「炉材けい石」の一般的名称を有するものであることを要求していることについては、控訴人らの明らかに争わないところである。そこで、鬼首白土が「白けい石」又は「炉材けい石」の一般的名称を有するものといえるか否かを検討する。

原審及び当審における証人片山信夫の証言並びに同証人安斎俊男の証言によると、「白けい石」とは、鉄分が少なく、けい酸分の純度が高い白色のけい石塊で、昔は火打石として使われたほどの硬い石で、主としてガラス原料として使われているものを指し、「炉材けい石」とは、「赤白」あるいは「青白」とも呼ばれ、溶鉱炉等の一部として使われる耐火レンガの原料となるけい石で、耐火度が高く、レンガとしてうまく焼き上がる性質を有するものを指すことが認められる。ところが、鬼首白土は、前記認定のとおり、けい酸の結合体であるコロイド粒子からなるシリカゲルあるいはキセロゲルを主体とする岩石であり、前記証人安斎俊男の証言によると、日本国内では同種のものを他の地域に求めることが困難な極めて珍しい存在であつて、その外観を見ても、普通にいわれているけい石とは違つた、非常に細かい粒の粉の集りであることが認められる。また、前記証人片山信夫の証言によると、鬼首白土がかつて「白けい石」又は「炉材けい石」の名称をもつて呼ばれたことはないことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実からすると、鬼首白土は、「白けい石」又は「炉材けい石」の一般的名称を有するけい石には該当しないものというべきであつて、この点において、鬼首白土を鉱業法三条一項のけい石に該当するとして控訴人局長のした本件処分には瑕疵があるものといわなければならない。

控訴人らは、鬼首白土は、「白けい石」等の名称で呼ばれたことがないとしても、その工業用の用途の面からみて「白けい石」と呼ばれる可能性があるものであり、したがつて、右通達上の一般的名称の要件を充たしていると主張する。しかしながら、右通達(成立に争いがない甲第二〇号証の一)によれば、鉱業法三条一項のけい石について、従来その取扱上の基準が不明確であつたため出願の処理が統一的かつ円滑に行われていない実情にあつたことから、これを明確にするという目的で昭和三一年四月二〇日に右通達が発せられたものであり、そこに定められた〈1〉成因、産状、〈2〉名称、〈3〉基準品位の三要件の全てに該当するもののみを鉱業法上のけい石とし、三要件のうちのいずれかに該当しない場合にはけい石として取り扱わないものとするとの極めて厳格な基準によつて、従来けい石として取り扱われてきたもののうちの一定範囲のもののみをとり出して以後鉱業法上のけい石として取り扱うとの方針が採用されたことがうかがえるのである。したがつて、右通達は、そこに定められている一般的名称の要件についても厳格な基準による判断を要求しているものと考えられるから、通達掲記の一般的名称を現に有していないものについては、これを鉱業法上のけい石としては取り扱わないとの趣旨を定めたものと考えるべきであつて、控訴人ら主張のようなその用途の面からみて「白けい石」と呼ばれる可能性さえあれば鉱業法上のけい石として取り扱つてよいというようなあいまいな基準を定めたものとは到底解し得ない。また、控訴人らは現在鉱業法上のけい石として取り扱われている鉱石の中には、例えば「別府白土」のように、右通達掲記の一般的名称とは異る名称で呼ばれているものもあると主張するが、これらの鉱石がかつて通達掲記の「白けい石」等の名称をもつて呼ばれたことが有るか否かの点は明らかでなく、また、当審における証人安斎俊男の証言によれば、鉱物組成の面からみると鬼首白土は別府白土に比べても更に結晶化が遅れているものであることが認められること、更に同証人片山信夫の証言によれば、日本国内には「白土」の名称を付して呼ばれている鉱物が各地にあるが、その多くは鉱業法上のけい石としては取り扱われていないことが認められることなどからすると、その主張のような事実のみでは、右認定を左右するに足りないものというべきである。更に、原審における証人山岡一雄は、「白けい石」の定義自体がはつきりしていないから、鬼首白土も「白けい石」に含めてよいのではないかと思うと証言しているが、この証言も具体的根拠を欠くものであつて採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  また、当裁判所も、鬼首白土は鉱業法三条一項の耐火粘土に該当しないと判断するものであり、その理由は、原判決がその理由五項に説示するところと同一であるから、これを引用する。

控訴人らは、鬼首白土が耐火粘土に当たらないとしても、本件鉱区内に耐火粘土が賦存していることが明らかであり、控訴人局長が本件処分を行うに当たつては、鬼首白土以外の耐火粘土の賦存を認めたものであるから、本件処分には違法はないと主張するが、控訴人局長が本件処分を行うに当たつて本件鉱区内において同種の鉱床内に鬼首白土以外の耐火粘土が賦存していることを確認したことを認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用の限りでない。

五  以上のとおり、控訴人局長のした本件処分には、「白けい石」又は「炉材けい石」の一般的名称を有しない鬼首白土を鉱業法三条一項のけい石に該当すると誤認し、また、同条項の耐火粘土に該当しない鬼首白土を耐火粘土に該当すると誤認した瑕疵があり、この瑕疵は重大なものといわざるを得ず、また前記認定のとおりの二〇二号通達の解釈を前提とする限り、右通達に鉱業法上のけい石として取り扱われるための要件の一つとして掲げられている一般的名称の要件を欠くことが明らかな鬼首白土を鉱業法上のけい石に該当するものとし、また前記認定のように、耐火粘土に該当しないことの明らかな鬼首白土を耐火粘土に該当するものとした本件処分の瑕疵は明白なものというべきである。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、本件処分は無効なものと判断せざるを得ず、そして、被控訴人は、昭和一九年の会社設立以来古川営林署長から鬼首白土の払下げを受けてこれを採掘し、これを原材料にして合成樹脂用研磨材を製造販売して営業活動を行つていたところ、本件処分の存在によつて右採掘を妨げられている者であり、しかも本件処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができない者であるから、本件処分の無効確認を求める利益を有しているものと考えられる。

六  そこで、被控訴人の控訴人国に対する国家賠償法一条一項の規定による損害賠償請求の当否を考えるに、当裁判所も、控訴人局長の行為が被控訴人に対する不法行為を構成し、控訴人国は、国家賠償法一条一項の規定により、右不法行為によつて被控訴人の受けた損害を賠償すべき責に任ずるものと判断するが、その理由は、原判決がその理由八項に説示するところと同一であるから、これを引用する。

控訴人国は、鉱種名変更の確認を行うに当たつての審査が原則として書面審査の方法によつて行われるのが通例であつたことなどから、控訴人局長が本件処分を行うに当たつて、鉱種名変更の確認及び登録の職務行為に当たる公務員として通常要求される注意義務のけ怠はなかつたと主張するが、前記認定のとおり、控訴人局長のした本件処分に前記第二〇二号通達に定められた鉱業法上のけい石の要件の一つである一般的名称の要件を欠く鬼首白土を鉱業法上のけい石に該当するものと誤認したとの明白な瑕疵があるものと認められる以上、この一事のみをもつてしても控訴人局長に過失があつたものといわざるを得ず、控訴人局長の右主張は理由がないものといわなければならない。

進んで被控訴人の受けた損害の額について検討するに、当裁判所も、被控訴人の損害に関する一次的主張及び二次的主張にはいずれも問題があり、これを採用することができないものと判断するが、その理由は、原判決がその理由九項及び一〇項に説示するところと同一であるから、これを引用する。

次いで被控訴人の損害に関する三次的主張について考えると、被控訴人が昭和四九年七月三一日までの間に控訴人局長の不法行為によつて原材料費として余分の支出を強いられることとなり、そのため合計五、九一八、〇〇〇円の損害を被つたと認められることは、原判決がその理由一一項に説示するとおりであるから、これを引用する。更に当審における証人藤巻永幸の証言及び同証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第四三号証ないし第四五号証によれば、被控訴人は同日以降も昭和五七年七月三一日までの間に、控訴人局長の不法行為によつて引き続き同様に原材料費として余分の支出を強いられることとなり、そのため、更に合計六、〇九四、〇〇〇円の損害を被り、結局全期間の総計では一二、〇一二、〇〇〇円の損害を被つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、以上の計算法によると、被控訴人は、昭和四九年八月一日から昭和五七年七月三一日までの間に、更に合計一五八、二七二キログラムの鬼首白土の乾燥粉末を消費することになり、昭和四二年二月一日から通算すると総計で四五三、九四一キログラムの鬼首白土の乾燥粉末を消費することとなるが、先に引用した原判決がその理由一一項の1で説示する認定及び各証拠に加えて、前掲証人藤巻永幸の証言及び甲第四三号証ないし第四五号証によると昭和四九年八月以降の鬼首白土消費予想量が従前の年度のそれに比べて著しく少くなるものと考えられることなどをも勘案すると、昭和四〇年一月一日現在、少なくともこの程度の乾燥粉末を得るのに必要なだけの鬼首白土は本件鉱床に賦存していたものと推認することができる。

更に、被控訴人は、右の損害に加えて弁護士費用相当額の損害の賠償をも求めており、被控訴人が本訴において弁護士を訴訟代理人に選任して訴訟活動を行わせていることは当裁判所に顕著な事実であるが、被控訴人が右弁護士らとの間で被控訴人が本件訴訟で勝訴した場合にはその報酬として五、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨を約しているとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。そして、本件事案の内容、審理の経過、本判決での被控訴人の請求の認容額等にてらすと、控訴人局長の本件不法行為との間に相当因果関係がある損害として被控訴人が控訴人国に賠償を求め得る弁護士費用の額は、一、二〇〇、〇〇〇円をもつて相当とすべきである。

七  以上の次第であつて、被控訴人(附帯控訴人)の本訴請求は、本件処分の無効確認と控訴人国(附帯被控訴人)に対し金一三、二一二、〇〇〇円及びうち金一二、〇一二、〇〇〇円に対する昭和四〇年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべく、原判決中これと異なる部分を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島恒 塩谷雄 涌井紀夫)

別表三〈省略〉

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